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「高尾山(稲荷山コース)~相模湖」 山歩き

Ittyoudaira 千の葉会の仲間6人で「高尾山」に登った。私にとっては、平成19年3月以来、ほぼ2年ぶりの高尾山で、ミシュランの三ツ星指定以来初めてだったが、真冬の曇り空にもかかわらず、多くの人が歩いているのには驚いた。

 Siroyamachaya 京王線高尾山口駅の改札前は、主に中高年グループの待ち合わせ客で一杯だった。9:00、稲荷山コースを登る。最初は数珠つなぎだったが、次第にばらけてくる。それでも頂上まで、前後の見える範囲には、必ず人の姿があった。

  「高尾山(599m)」の頂上見晴台からは、丹沢山塊や道志の山々が、曇り空の下に見えた。富士山は見えなかった。
高尾山頂上から小仏城山への道は、木製の階段を整備中で、ぬかるんで歩きにくい。一丁平の西南側は、大木が伐られ、すっかり見晴らしが良くなっているのに驚いた。Bentenbasi(写真1)

 11:35、「小仏城山(670m)」の頂上に着いたら、雪が舞い始め、すぐに吹雪になった。茶屋の軒ちかくのベンチで、吹雪を避けて、弁当を拡げ、熱いなめこ汁をすする。食後は、12:00、「相模湖弁天橋コース」(東海自然歩道)を下る。千木良の登山口に降りたときには雪はやんでいた。弁天橋を渡り、相模湖駅13:40発の電車に乗る。

 Purnima 千の葉会の今年初めての山歩き後は、新年会という名目で、仲間のネパール人のLさん経営の「プルニマ」でネパールのビールやお酒とともにネパール料理やインド料理を楽しんだ。いつの日か(と云っても、月日がたつほど我々の体力は着実に落ちて行くが、)ネパールで山歩きをしてみたい。と、実現しそうもない夢を大いに語り合った。

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「房州アルプス~嵯峨山」 山歩き

Jigokunizoki 千葉県に「房州アルプス」と称される山がある。鹿原から保田見に延びる尾根で、1キロほどの間に8つの岩峰があり、所どころ見晴らしも良い。山紫会の5人で、周囲にスイセン畑のある「嵯峨山」と繋いで歩いた。

 JR内房線「上総湊駅」からタクシーで東へ30分、鹿原集落の先の県道の曲がり角に「房州アルプス」の登山口がある。道標に従い、平坦な広い道を南に入る。10分も歩くと愛宕神社分岐に着く。Bousouarupusu

 ここからアルプスの岩山の登りに向かう。東側が絶壁となっている「地獄のぞき」(写真1)や「露岩のテラス」といわれるところを過ぎ、この尾根の最高点「267mの2等三角点ピーク」(写真2)につく。潅木に覆われて展望はない。

 Sagayama七曲り」を下り、マテバシイのみごとな純林を抜け、内台集落のミカンやスイセン畑の横を通り、林道保田見線に出る。保田見峠の手前から左へ、細い山道に入る。途中で道をはずれ、薮漕ぎ状態になり、ようやく林道に隣接した鞍部に降りたつ。林道に出ず、ここから斜め左に登る。30分ほどで「嵯峨山(315m)」の頂上に着いた。(写真3)

 Suisenbatake それから西に15分ほど下り、通称「スイセンピーク」で昼食。食後は急坂を下り、釜ノ台と小保田に通じる峠道に降りる。左折して小保田に向かう。途中で右の山道に入り、スイセン畑の中を歩く。スイセンのほのかな香りが漂っている。梅も咲いている。(写真4)  下貫沢沿いの舗装路に出て、保田川にかかる橋を渡ると、長狭街道で、13:00、小保田のバス停についた。

 予定より随分早いので、「をくづれ水仙郷」までバスで行き、満開の水仙畑と菜の花畑を歩き、15:00発の保田駅行きバスに乗った。スイセンと梅の花の美しい冬の山里を充分楽しんだ。

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「2009年初詣」

山紫会の仲間5人で、11日、「初詣」を兼ねて、旧東海道の「保土ヶ谷宿」から「戸塚宿」をとおり「藤沢宿」まで歩いた。風は冷たかったが、快晴のもと、のんびり歩くことが出来た。さすが都会地、神社仏閣を除くと、往時を偲ぶものは殆ど何も残っていない。Tachibanajinjya_2

  横浜駅西口を北へ、上台橋付近から旧東海道に入る。先ず、相鉄本線天王町駅手前辺りの「橘樹神社」(写真1)に寄り、拝む。祭神は分らなかったが、この地域の氏神が祀られているらしい。さらに南西へ、保土ヶ谷橋ちかくに「本陣跡」があった。外川神社の傍にあった上方見付跡にて「保土ヶ谷宿」は終わる。

 Sakaigijizou_2 これから「権太坂」に向かう。当時の権太坂のきつさは半端ではなく、途中で行き倒れる人を葬るための「投込塚」まであった。坂の上からは、雪を被った富士山と丹沢連峰が綺麗に見えた。坂を下って「境木地蔵」(写真2)を詣でた。境内に大ケヤキがあり、堂前に武蔵と相模の国境を示す杭がある。

 Yasakajinjya_2 焼餅坂を越え、品濃坂を下り、東戸塚駅入口から国道1号線に出て、「大山道道標」の残る不動坂から左へ、江戸見付前の海鮮居食屋「海心」で昼食休憩した。この江戸方見付は、ここが「戸塚宿」の東の端で、日本橋から約42kmの地点にある。

 戸塚宿では、「八坂神社」(写真3)と「富塚八幡宮」(写真4)を拝んだ。この八幡宮は、源頼義・義家父子が社殿を造営したと伝えられ、戸塚の総鎮守となっている。この少し先に、上方見付跡がある。ここまでが戸塚宿。Tomitukahatiman_2

  1号線を西南方向にどんどん歩く。藤沢バイパス出口から左の戸塚茅ヶ崎線に入り、さらに進むと、境川にかかる藤沢橋の少し手前右側に、時宗の総本山「遊行寺」(正式名 藤沢山無量光院清浄光寺)がある。広い境内に立派な本堂が建つ。ご本尊は阿弥陀如来である。この辺りから、小田急江ノ島線藤沢本町駅の先の上方見付跡まで、「藤沢宿」である。

 Yugyouji_2 藤沢は、鎌倉時代から遊行寺の門前町として栄えていたが、江戸時代の初め藤沢宿が置かれて一層発展した。また、江ノ島が約1里の近くにあるため、庶民の弁財天参拝でも賑わった。遊行寺の宝物館で国宝「一遍聖絵」の写真版?などを観賞する。(写真5 大イチョウと本堂)

 少し遅い「初詣」ではあったが、5社寺を拝んで、良い気分で、JR藤沢駅から電車に乗った。

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アンコウの「どぶ汁」 

鮟鱇のどぶ汁」を食べるため、本場の北茨城に行くことにした。いろいろ考え漁師民宿に宿泊するつもりだったが、超人気の「国民宿舎鵜の岬」がその近くにあることを思い出し、「正月宿泊抽選」に応募してみたら、幸運にも「当選」した。Kokuminshukushaunomisaki

 「国民宿舎鵜の岬」は、茨城県立で、日立市十王町の伊師浜海岸にある。全国に約150ある国民宿舎中、宿泊利用率で2007年まで(2008年未発表)19年連続第1位を続けている超人気の宿舎で、正月や夏休みは勿論、どの時期でも、予約をとるのが非常に難しい、と云われている。(写真1)

 Ishihama 宿泊してみて納得した人気の理由は、ロケーションの良さと温泉、老人と身障者に配慮した設備、美味しい食事、に加えて、心のこもったサービスと三ツ星級でありながら、しかも料金が安いからであろう。(写真2 伊師浜海岸)

 さて、本題の「鮟鱇のどぶ汁」であるが、どぶ汁で有名な平潟港ちかくの料理屋へ行くつもりで常磐線の電車に乗り、大津港駅で降りた。昼食まで随分時間があるので、北茨城市漁業歴史資料館「よう・そろー」のアンコウミュージアムに寄って、アンコウのことを勉強してから行くことにする。Ankou

 アンコウ目アンコウ科の魚は約25種、いずれも海水魚で深海性。肉食性で、大きな口で主に他の魚を食べるが、偶に海鳥を襲うこともあるといわれる。日本で食用にされるのは、キアンコウ(ホンアンコウ)とクツアンコウ(アンコウ)。雌の方が体が大きく、通常雌を食用とする。底引き網で捕獲している。(写真3 アンコウミュージアムの説明図より)

 骨や歯を除いた全ての部位は食用になる。台身(身肉、頬肉、尾肉)、皮、水袋(胃袋)、キモ(肝臓)、ヌノ(卵巣)、えら、トモ(ひれ)、を「アンコウの七つ道具」と呼び、いずれも食す。

 Dobujiru 「アンコウのどぶ汁」の作り方は、土鍋を熱した後、細かくした肝をから煎りし、味噌を加える。アンコウの身を加え、鍋にふたをする。底を焦がさないように、時どき混ぜる。アンコウから水分が出て、身に火が通ったら、切り干し大根やわかめ(最近は野菜を入れる場合が多い)を加えて、蓋をして、10分ほど煮込めば、出来上がり。(写真4)

 「アンコウ鍋」との相違点は、割り下を使わない(もちろん水も入れない。水分はアンコウから出るもののみ)点である。アン肝を多く使うので、その分、味は濃厚、価額も高い。新鮮なアンコウが不可欠なシンプルな漁師料理である。日本酒と合うのは当然ながら、初めて飲んだ「常陸ワインの白」ともよく合うと思った。

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